ある多言語学習者の断想

ohne Fleiß kein Preis.

記憶と復習のダイナミズム

ドイツ語にせよ英語にせよ、あるいは何らかの勉強ならどんなものでも*1

  • 一度やった問題(集)を、再度やってみる

という行為はポピュラーなことだと思います。

 

私のような凡人は物事を一度では覚えきれないので、反復したり、記憶を確かめる、というのが必要になってきます。

一度やった問題にもう一度向き合う時、以下の感覚に直面します。

  1. 行為そのものの忘却: 「ん? こんな問題やったっけ?」
  2. 解答や解法の忘却あるいは準想起: 「あーこれね、これね、何だっけなー?」
  3. 想起: 「っしゃー! 覚えてるよー」

 

1.は、問題に触れたことそのものを覚えていないケース。これは怖いですね。怪奇ですね。自分の記憶力に驚きます*2。なぜこういうことが起こるのか? 

  • 惰性的になっていた*3
  • 何か別のことを考えていた*4

ともかく、集中しないと意味が無いと気づきます。反省。

 

2.は、思い出せ“そうな”ケース。思い出せて正答できることもあれば、結局答えられないこともある。この悩みの感覚も悪くないなと個人的には思っています。自分と戦ってる感。この思い出そうとする行為にこそ意味があるのかもしれません、もしかしたら。

また、同じ道筋を経て間違うこともあります。それはつまり、記憶の問題ではなくて、思考プロセスや理解の在り方にエラーがあるのだろうと推察できます。別のアプローチを試みるのも良いでしょう。

 

3.は、明確に思い出せて、理解度バッチリのケース。これらにはもう時間を割かなくてよいことになります。他のことにエネルギーを注ぐのが吉。

 

今度の日曜の独検に向け、やれることをやります。

*1:最近この手の書き出しが多いですね

*2:もちろんマイナスの意味で

*3:「あれ?! 鍵閉めたっけ」的な現象。当たり前過ぎてわざわざ頭が記憶をしなくなるパターンか

*4:現象として、目はその問題を見ており、ペンは動いていた。しかし、肝心の頭はどこか全く別の世界に囚われていた、ということでしょうか? あるいは睡眠?