あるドイツ語学習者の断想

ドイツ語を学ぶ。 ohne Fleiß kein Preis.

今日のドイツ語学習 21.9.2018

Dw の langsam gesprochene Nachrichten を聴く

今日の内容としては、

時間がもしあれば、もっと精読できるかもしれないが、それは継続することとのトレードオフの関係がありそう。

 

『まいにちドイツ語』を聴く

今日のトピックスは

  • der die das と dieser の違い

英語で言うなら、the とthis の違いみたいなことだろうか。そう簡単にはいかないかも。

自分としてはあまり重要視していない内容だったのだが、改めて考えるに、

  • こういう自分の目線の外にあることが、意外と重要だったりしそう

なのである。

今日のドイツ語学習 20.9.2018 : 反復と発見

DW の langsam gesprochene Nachrichten を聴く

ニュースの内容としては、

といったもの。

ブログが、頭の中で理解したことを言語化するきっかけを与えてくれる。

 

『まいにちドイツ語』を聴く

テーマは「富士山」。

葛飾北斎歌川広重も話題にのぼる。

  • und zwar 「しかも」「詳しく言うとつまり」「それも」

という表現が紹介されていた。使用頻度は高そう。

 

反復と発見

このように毎日同じことをやっているのだが、日々の内容は別物。コンテンツは日々変化する。ドイツ語学習という枠の中で。

 

まだ、たかだか4ヶ月程度の継続。これでは継続のうちには入らないかもしれないが、頓挫しがちな私としては比較的続いているほうかもしれない。

日々何らかの発見があるから続けられるのかもしれない。

  • 新しい出来事への感動だったり
  • 自身の無知の自覚だったり

とにかく面白がれている状態。

*1:下の2つは雑ですね

今日のドイツ語学習 19.9.2018 : 頭の硬直化に抗いたい

『まいにちドイツ語』を聴く

Schlüsselsatz heute (きょうのキーセンテンス)を引用しよう。

Ich würde gern an der Ernte teilnehmen.

(私は)収穫にぜひ参加させていただきたいのですが。

接続法2式による非常に控えめな表現。

 

DW の langsam gesprochene Nachrichten を聴く

ドナルド・トランプの話題がとにかく目立つ。アメリカはやはり世界のアメリカなのか。アメリカの動きを見てから日独は動かざるを得ないのか? それはまあ、自虐的な見方かもしれないが。ともかくアメリカとその大統領の話題が絶えないのである。

 

ドイツメディアの視点で米国を眺める、そんな視座を得られているとしたら喜ばしい*1

 

「なぜ学ぶか」的な話題

ある予感がある。

  • このまま歳をとると硬直的な思考に陥る

というもの。

硬直的な思考とは、頭が固いということ。そういう「大人」*2になりたくないのである。

頭が固いとどうなるか、以下、列挙してみよう。

 

  • 自説にこだわってしまい、新しいものごとを受け入れにくくなっていく
  • 何らかの課題解決に際して、別の新しい解や選択肢が見えなくなる
  • 過去の成功例を転用しようするも、それが無効なこともあり失敗することが多くなる
  • 他者の意見を受け入れられないばかりか、そもそも理解そのものができなくなり、残念な人になる。
  • 自分の思いにすがるあまり、他者のスタンスや営為を許せなくなり、必要のない、無駄な不満を抱える


つまり、平たくいうと幸せな状態ではなくなってしまう*3

こういった危機感に抗う意味で別言語としてのドイツ語を学んでみている、というのがある。ドイツ語を学んだくらいで頭が固くなるのを防げるとは思っていないが、何もしないと何も起こらないので。

むしろ、最も苦手な領域である数学をゼロから学び直すほうが自分の考えを拡げるという意味では有効なのかもしれない*4

*1:がそのためにはもう少し読みを正確に、鋭くしたい

*2:アラフォーなので十分大人ではあるのですが

*3:幸せの定義ほど難しいものはありませんが、少なくとも今の私が信じる幸せではないのです

*4:何かを学ぶことが解決につながる、という価値観の是非もありますね

今日のドイツ語学習 18.9.2018

『まいにちドイツ語』を聴く

「再会」のシーン。引用しよう。

Wir haben dich vermisst.

「私たちは」あなたがいなくて(会えなくて)寂しかった。

本心は「私は」と単数にしたかった、という心理描写もあり。傍らの犬の視点による。

英語はもちろん、ドイツ語も基本的に主語を明示する。日本語とは違う文法由来の心理変化とその機微があるようだ。

 

DW の langsam gesprochene Nachrichten を聴く

災害の話題が目立つ。政治・経済とは違い、脈絡や前触れなく到来する。民衆の生命をダイレクトに脅かすものであり注目せざるを得ない。

無論だが、生活上のインフラが整っていないことには、文化も政治も外交も無い。

 

ストックとリスク

物や富はいつか消える、あるいは奪われる。

人によって、天災によって*1

しかし、知識や知恵は自分の頭にあるのだから、消えたり、奪われたりしない。

……ユダヤ関連の書籍でよく出くわす内容である。私はこのことに感服している*2

国と国が国境で隣接する大陸のニュースを日々追っている。日本の事情とは違う様々なリスクに晒されていると分かる。

*1:そしてこの世からあの世へも持っていけない

*2:その割には勤勉でも聡明でもないのですが、ともかく見習いたいと思って生きています

今日のドイツ語学習 17.9.2018

『まいにちドイツ語』を聴く

祝日ではあるが、これに合わせて起きる。7:00〜7:15。これにより、いいリズムを得られる。休みも有意義に過ごせる。習慣が人を作る、は本当なのか。

 

『ドイツ語で世界を読み解く』を進める

この本がだいぶ自分に馴染んできた。馴染んできたというのは、「こういうところが勘所だな」というポイントが分かってくる状況のことで、やっていて捗る感覚がある。これも醍醐味の一つ。280ページ中残り100ページ程。

 

言語に関わらず「世界を読み解きたい」そんなニーズがあるとした時、私たちは日本人なのでまず日本語で世界を読んでいけばいいではないか、という考えに至るようにも思う。

それはそれで上手くいくこともあるだろうが、そこには常に既に日本的な視点が介在してしまう。それを、取り除くためには別言語のメディアが発信する世界についての記述にふれるのが有効だ。英語でもいい、フランス語でもいいだろう。そんな中私はたまたまドイツ語を学んでいて、それを通じて読み解かんとしている。主体的に選択したこの「ツール」が自分に何をもたらすのか。

 

さて、自分のドイツ語に関する状況を見るに、

  1. 割と基礎的な語彙も落としている、抑えられていない、取りこぼしあり
  2. 相変わらず、発信力が乏しい

と感じる。

1.について。

辞書の中で、重要な単語は太字で目立つように表記されている。そういうものに未だ出くわすことがある。まあ、そこそこ分かる単語でも意識的に辞書に当たっているという面はあるが。

各項目の下のほうには慣用句や熟語が載っている。そういうものを極力習得したい。

 

2.について。

正直、後回しになっている。何か新しい手法なり、習慣的な取り組みを案出したいところ。

 

「転じて」

「転じて」という日本語の表現がある。

これが好きなのである。元々は歴史的に別の使われ方をしていたのだが、やがてそれが「転じて」別の意味合いで用いられる。

「ブログを書く」という今多くの人が行なっている現象も数十年後には転じて、例えば“一般の人が自由に表現すること”のような意味をまとうかもしれない。

きっとこうやって、長い時間を費やして言葉に習俗が住み着くのだろう。

今日のドイツ語学習 16.9.2018 : 記憶の方法論

DW の langsam gesprochene Nachrichten を聴く

トップニュースはアメリカのハリケーン、フィリピンの台風の話題。

日本も然りで、異常気象が相次いでいる。異常が続き過ぎるとそれがいつかは通常になってしまう。防災の在り方について想う。

 

ドイツ語に限らない話:憶えるために

ドイツ語検定準1級*1への準備を進めている。無論憶えるべき事項は数多あり、自分の限界を確かめるかのようでもある。

何かを頭に入れる、憶えるということに苦慮しない人はいないのではないか。

最近意識していること、したいことについて書き出してみる。


■五感全てを使う。

1.視覚:その憶えたい対象物(単語やフレーズ、文そのものかもしれない)を見る。観る。視る。負担が少ないゆえか、一度や二度では記憶に残りにくいと思われる。ただ行為としては簡易なので、反復は容易。


日々の学習の中で

  • 分からないから辞書をひく→その時は分かる。マークしておく。→またその単語やフレーズに出くわすも分からない(覚えていない、定着していない)→また辞書をひく→前回確認した形跡があるので2度目の参照だと分かる。更にマークする。またその単(以下繰り返し)

こういうことがよくあるのだが、これを肯定的に捉え反復を厭わぬようにしよう。


2.触覚:紙に書く、つまり、手を動かす。書くことにはリズムも伴う。それも体になじませる感じ。日本語では、書き「取る」という表現もある。特に漢字書き取り。書くことで自分の中に取り込む。


3.聴覚:声に出して、自分の耳にその音を入れる。音読して口を動かす。口やあるいは口を中心とした顔周辺の筋肉の運動をすることになる。

何らかの音声教材を聴くという手法もある。これは自分で発音するよりも受動的な営み。しかし、正確な音を耳に入れることが可能。

 

余談

あくまで緩い仮説に過ぎないのだが、習得しようとしている言語を積極的に発語・発音することによって、その言語話者の顔に少しずつではあるが近づいていくような気がする。日本人ならば日本語を日々使っている。それによって発達する筋肉があるのと同様に、各言語にもそういうものがあるのではないか。


4.味覚

5.嗅覚

言葉そのものを味わったり、においを嗅いだりすることは出来ない(紙やインクや鉛の味・香りだろうか)。しかし、その語をイメージすることはできるだろう。それが、具体的なモノならばより分かり易い。der Apfen リンゴが好例だろう。ただ、「抽象語」の場合は少し工夫が必要になる。

 

イメージした後は、五感全てを総動員できる。

・質感

・色彩

・臭気

・強弱

・大小

・長短

・美醜

・良否

*1:12月2日

今日のドイツ語学習 15.9.2018

 

DW の langsam gesprochene Nachrichten を聴く

chemnitz ケムニッツ

ここを舞台とした一連のニュースが盛んに報道されていることはわかる。しかしこの内情がよく掴めていない。日本語のニュースをいくつか仕入れてみる。

 

土地と物語

ケムニッツがどこに位置するか恥ずかしながらこの報道に出くわすまで分からなかった。

ある事件、あるニュースがどこで発生したか?

その土地についての予備知識があるほうが、その事項を理解しやすい。

 

ドイツの地名と場所について調べてみた。

州と州都、よく耳にする都市名、自分が行きたいか否か、など

 

ここで興味をそそられるのは各土地の歴史。

空間ではなく時間的に知りたくなってくる。

 

馬鹿にできない「Instagram学習法」

日々、このアプリを眺めている。ドイツ語のアカウントを多めにフォローしており、それらの投稿を読み解く。絵や写真がヒントになり、かつ何を言っているのか興味をそそられる。

自然と辞書を引き、読み解こうとする。

一つの投稿は細かく、断片的ではあるが、日常に取り込まれた行為の一つになっている*1。これが後々自分にどんなものをもたらすのか。

*1:学習と表現するのは適切ではないかもしれません