あるドイツ語学習者の断想

ドイツ語を学ぶ。 ohne Fleiß kein Preis.

なぜドイツ語を学ぶのか04

なぜドイツ語を学ぶのか03

https://cheapeer.hatenablog.com/entry/2018/05/25/194944

この続きを書いておこうと思います。

趣味をずらすとは何でしょうか?

私だけではなく多くの人の趣味。それは読書です。

ある年には年間100冊程を読んでみたのですが、分かったことが2つあります。*1

  1. 自分の好みの本を手に取りがち
  2. 多くの本は別の本の再解釈に過ぎない

1.に関して、考え方や目的にもよるのですが、好みの本ばかりを読むことにより、逆に視野が狭くなっていくような感覚を持ちました。本を手に取るという行為そのものが恣意的なのです。それでもいいのかもしれませんが、何というか、これでは自分は満たされないな、本末転倒なのかもな、という気づきがありました。

2.については、つくづく感じます。言うまでもないことですが、

  • 歴史の風雪に耐えてきた書物と
  • そうではなくただ単に消費されていく本

というのがあります。後者の本は古典の子供や孫に過ぎないという気がします。このことは消費される本の批判ではなくむしろ礼賛です。そういった本があるからこそ、風雪に耐えうる古典を知るきっかけにもなるのですから。

 

閑話休題

読書が好きなのに、上滑り感というか、違和感というか、ボタンの掛け違いというか、そんな緩やかな危機感を覚えた私は、言語そのものをずらそうと思い至りました。

  • 日本語に訳されたものではなく、その言語のまま読んでみよう
  • 英語は義務教育である程度触れてきたから除外しよう*2
  • 自分の読んできた海外作家・著者を思い巡らしてみて、やはり気になるのはドイツ語圏の人々

という理路でドイツ語を学ぶことになった。そういうことです。

 

*1:更に読み続ければ更に分かったことが増えるのかもしれない

*2:天邪鬼