ある多言語学習者の断想

ohne Fleiß kein Preis.

外国語の前段階:コミュニケーションなるものについて

英語でもドイツ語でも外国語教材の多くに対話文が使われます。それらを音読したり、黙読したりして覚え込もうとするわけです。

その取り組みの中での気づきを書き留めます。

 

日本語でしっかり真っ当な会話ができているか否か

 

このことを省みたりします。

母国語としての日本語で、相手に心情や情報を的確に伝えられているかどうか。自分の場合は、不十分だなと気づきます。的確なタイミングで適切に

  • 感謝
  • 謝罪
  • 肯定
  • 否定
  • 擁護
  • 弁明
  • 説明

できているのか。

 

コミュニケーション能力*1なるものが持ち出されることがあります。分かるようで分からない。私見ですが、コミュニケーション能力を三つに分析してみます。

  1. 他者へ伝える力
  2. 他者の声を聴く力
  3. 自分との対話力

 

1.について、アウトプット力。更に細分化すると書き言葉と話し言葉に分類できそう。

2.について、インプット力。傾聴という言葉もある。「一を聞いて十を知る」、そういう状況が優れているケース。とかく1.ばかりがコミュニケーション力だと見なされがちですが、実はこの要素も大きいのではないでしょうか。

3.について、広く捉えるとこの自分自身との意思疎通も大きいのではないか、と。「内面」を持つか否かという議論もありそうですが、やはりこの自分の中の自分と外向きの自分との取り交わしもコミュニケーションなのではないかと。

そのときに便利なのが言葉という道具。内面の自分の諸現象に言葉で「タグ付け」するかのような。その時、ボキャブラリーが豊富だとコミュニケーションが取りやすい。そんな気がしています。