読むことの本質:ドイツ語版『ノルウェイの森』にトライ
『ノルウェイの森』のドイツ語訳版を入手しました。
Naokos Laecheln. Nur eine Liebesgeschichte
- 作者: Haruki Murakami
- 出版社/メーカー: Btb
- 発売日: 2006/09
- メディア: ペーパーバック
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様々な書籍やブログで紹介されている学習方法、
- 学びたい言語の本(小説)を通読する
というのをやってみたかったのです。通して読むので、辞書は引かない。読めないけど読む。
同書の日本語版はかなり昔に読了しており、内容の細部は忘却の彼方ですが、あらすじや空気感は憶えています。
そこまでハルキストであるという自覚も他薦もありませんが、私は彼の書く文章に対して好意的です*1 。それが
- ドイツ語になったらどうなるか?
- その感触は日本語ゆえのものなのか?
その観点でも読み進めてみます。
全400強あるページ数。現在は14ページ程。
- 辞書を使わずにどこまで分かるのか
- そして、どこがどの程度分からないのか
を検証してみます。この件については読後にまた書き記すことにしよう。
読むとは何か
さてあんまりドイツ語に関係ありませんが*2、読むという行為の意味を考えてみることにします。私としては2つの意味があるのだろうと見ています。
- 書かれた文章を理解、把握すること
- (書かれた文章であるか否かにかかわらず)ある対象を理解「しようとする」こと。特に自身の知識の及ばない領域や未知の部分に対して、現在得られた情報を基に予測、推察すること
こういうことでしょうか?*3 1.は文字通りの読解。2.は広い意味の「読み」。*4
2.の「解読行為」こそが醍醐味。推理小説なんかは内容そのものも2.的です。